昨年4月、日本政府は東京電力(TEPCO)の福島第一原子力発電所の処理水を海洋に放出する基本方針を発表した。放出される水は、ALPS(多核種除去設備)によって、福島第一原子力発電所の建屋に流入した水と燃料デブリとの接触によって発生した放射性物質を除去し、国際標準に準拠した国内の規制基準を満たしている。
日本政府の方針に対して、環境保護団体と近隣諸国からの環境への影響を懸念する声が上がっていることに加え、被災地への風評被害の悪化も懸念されている。しかし、科学的には、処理水の放出は安全であるだけでなく、必要かつ実現可能な解決策であることが証明されている。これは、日本の当局や原発事業者だけでなく、国連の原子力機関や多くの独立した国際的な科学者たちの見解でもある。
事実
2011年3月11日、東日本大震災により、日本の北東部は地震、津波、原発事故の三重の災害に見舞われた。これは、日本で記録された最大の地震であり、世界で4番目の地震であった。その被害は甚大であった。地震と津波による死亡者は19,729人に達した。約47万人の人々が自宅から避難した。また、経済的被害は約2,350億ドルに上り、世界史上最も経済的損失が大きい自然災害であった。
福島第一原子力発電所は、大津波によって冷却に必要な電源設備が破壊され、3基の原子炉がメルトダウンし、溶け落ちた燃料デブリが原子炉内に残っている。その後、デブリの冷却に使用された水と、敷地内に流入した雨水と地下水が放射性核種で汚染された。汚染水は今なお発生し続けているが、汚染されたエリアへの地下水の侵入を防ぐための地中への凍土壁の設置、建屋周辺の井戸からの地下水のくみ上げなどの対策によって、発生量は効果的に抑えられている。汚染水の発生量は、2014年5月には日間平均540トンだったものが、2020年には140トンまで減った。
この汚染水は、放射性物質を除去するためALPSという多核種除去装置(2013年より使用)によって浄化処理されている。
今日まで発生し続けているALPS処理水の蓄積はすでに129万トンに達し、現場の千基以上のタンクに貯蔵されている。これらのタンクはかなりの面積を占めており、発電所の廃炉の継続に必要な施設の建設の妨げになっている。実行可能な選択肢について6年にわたる専門家による検討を経て、政府は、安全性と透明性の観点からALPS処理水の海洋への放出する方針を決定した。
この放出について懸念されているのは、主に、処理水に残る放射性物質によるリスクであるが、その大半はALPSによって除去済みである。しかし、放射線を放出する、水素と同じ性質を持つ同位体であるトリチウムは、水から取り除くことが非常に困難である。トリチウムは自然界に存在し、雨水、海水、水道水、そして人間の体内にも存在していますが、その放射線は非常に弱く、紙1枚で防ぐことができ、かつ人体には蓄積しない。
ALPS処理水を海水で100倍以上に希釈することで、放出された処理水に含まれるトリチウムの量は1リットルあたり1,500ベクレル(放射線の単位)未満になる。この濃度は、安全性に関する国際的に共通の考え方に基づく日本の安全基準における許容値の40分の1、世界保健機関(WHO)の飲料水のガイドラインの7分の1程度である。
また、トリチウムの年間総放出量は、事故前の福島第一原子力発電所の運転目標(年間22兆ベクレル)を下回ることになる。実際、この数字は、日本やその他の地域で現在稼働中の多くの原子力施設の水準と同じ程度かそれよりも低い。多くの原子力施設では、トリチウムは日常的に、各国と地域の法令に従って、河川や海に放出され、あるいは換気プロセスによって大気中に放出されている。
日本政府は、ALPS処理水の放出の放射線による影響は、日本の自然放射線被ばく量の10万分の1以下の「無視できるレベル」と推定している。さらに、水中のトリチウム濃度が現状の濃度(1Bq/L)を超える海域は、原子力発電所から2km以内に限定されると推定されている。また、この海域であっても、日本における安全基準やWHOの飲料水ガイドラインを十分に満たしている。
IAEAによる監視と審査
国連の原子力機関である国際原子力機関(IAEA)が放出プロセスを監視および審査することに合意し、日本政府を支援している。
IAEA事務局長のラファエル・マリアーノ・グロッシーは、2021年7月に発表した声明で、「国際社会の目として、IAEAの専門家は処理水の放出が安全に行われているかどうかを検証できます。日本や世界各地、特に近隣諸国の人々に、この処理水が一切の脅威をもたらさないと理解してもらうために、これは最も重要なことなのです」と述べている。
IAEAは、日本政府の専門家分科委員会が2020年に発表した処理水の扱いに関する選択肢に関する報告書を審査した。その審査において、IAEAは、日本が選択した処理方法は「技術的に実行可能であり、国際的慣行に沿ったものである」こと、ALPS処理水の濃度と量に等しい水準でトリチウムを分離できる技術はまだ存在していないことを認めた。
昨年9月には、処理水の放出を監督するIAEA傘下のタスクフォースがウィーンで初の会合を開いた。IAEAのスタッフだけでなく、アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、中国、フランス、マーシャル諸島、韓国、ロシア連邦、イギリス、アメリカ、ベトナムから、さまざまな経歴を持つ国際的に著名な11人の専門家が出席した。
2014年から、IAEAは福島第一原子力発電所付近の沿岸から海水、海洋堆積物、水産物のサンプルを集め、そのサンプル中の放射線量を測定してきた。過去の研究室間比較で、日本の研究室はこれらのサンプルの信頼できるデータを提供できていることが確認された。2021年に、フランス、ドイツ、韓国の研究室がこのIAEAが主導する監視プロジェクトに参加した。この独立した研究室間プロジェクトは、監視データの収集における信頼性の構築に貢献するだろう。
科学者による評価
また、権威のある学術誌と情報源で数多くの科学者が本放出計画についてコメントしている。処理水を海洋に放出する計画の安全性と必要性の両方を認識しているコメントが大半である。
2021年4月、米国科学振興協会(AAAS)が発行する『Science』でこの日本政府の決定を報じられた。その中で、オーストラリア科学メディアセンター(Australian Science Media Centre)の見解を引用し、処理水を希釈することで、医用画像や航空便による被ばくと同等の「安全な水準まで放射線を低減できる」としている。
2021年5月、高く評価されている国際的な科学誌『Nature』に、「科学者は福島の100万トンの廃水放出の計画にゴーサインを出した」というニュース記事が掲載された。このレポートでは、複数の科学者にインタビューを行っている。また、日本政府の計画による環境への影響はほとんどないという認識が大半である。同記事には、「処理された廃水に含まれる放射線は非常に低く、リスクを最小限に抑えるために数年かけて徐々に放出される」と記載されている。
信頼できるニュースサイトも、この件について報じている。2021年4月、英国放送協会(BBC)は、福島から放出されたトリチウムの摂取によるリスクはゼロではないが、「科学的なコンセンサスとして、人の健康を脅かすものではない」と報じた。
さらに最近では、ガーディアン紙のインタビューを受けた英国の環境科学者は、「ここで話題にしているような[トリチウムの]放出は、放射線学的には有意ではないと言えるマイクロシーベルト単位の放射線量である」と述べている。また、彼は、これは「科学者の間では一般的な見解だ」とも述べた。
これらの中立的なメディアで引用された科学者のほとんどは、放出計画の安全性について意見が一致していた。むしろ、最大の課題は、科学的な事実をいかに効果的に一般大衆に伝え、特に地元の漁業への風評被害を防ぐかである。
安全な廃炉に向けた継続的な取り組み
福島第一原子力発電所の廃炉は、2011年12月に原子炉の冷温停止状態を達成してから約30年から40年かかると予想されていた。それから10年が経った。使用済み核燃料の取り出しなどの廃炉作業と合わせて放射線リスクの低減も、着実に進んでいる。
現在、原子炉の外に漏れる放射線は非常に限られており、敷地の境界線における廃炉の活動に伴う追加的な放射線量はごくわずかで、1mSv/年を下回っている。実際、現場の96%で作業者が普通の作業服を着用している。昨年、3号機と4号機ではすべての使用済み核燃料の取り出しに成功し、残りの原子炉でも燃料取り出しを開始するための準備を進めている。
廃炉に必要な基礎的な研究は、福島第一原子力発電所の隣にある大熊町での日本原子力研究開発機構の新たな分析研究センターの創設によってさらに加速する。現在建設中のJAEAの新しい拠点では、放射性廃棄物の処理と廃棄の技術開発のための廃棄物の分析と、あらゆる段階を通して燃料デブリを除去する技術を開発するための燃料デブリの分析を行う。さらに、この施設では、これらの作業を行う技術者のトレーニングも実施する。また、ALPS処理水の海洋への放出の第三者による測定の実施が期待される。
今後数十年間、証拠と科学に基づいた国際社会の緊密な監視と協力の下で、これらの挑戦的な取り組みを継続しなければならない。日本政府とTEPCOは、このような安全かつ着実な廃炉に全力を尽くす。